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レイキの発祥と歴史

臼井甕男レイキを今日のような体系に作り上げたのは、 glossary term臼井甕男 (うすいみかお)先生です。

1922年(大正11年)3月、臼井甕男先生(当時56歳)は悟りを求めて京都の鞍馬山に登り、断食修行を行いました。そして21日目の深夜に、強力な宇宙靈氣が貫き、その後は彼が手を触れると、癒しと浄化が起こるようになりました。

「この力を自分や家族で独占せず、多くの人々に治癒能力を授けて喜びを共有しよう。」と考えた臼井甕男先生は、これを「臼井靈氣療法」と名づけ、同年4月に東京・青山にて「臼井靈氣療法学会」を創設しました。

そこでは施術を行うとともに靈氣療法の公開伝授を行い、屋外に行列ができるほど盛況だったと伝えられています。

なお臼井靈氣療法学会は、現在でも存続していますが、現在は一般人の入門を受け入れない、閉ざされたものとなっています。

林忠次郎臼井先生からレイキを伝授された人の中に、 glossary term林忠次郎 (はやしちゅうじろう)先生がいます。

林忠次郎先生は、東京・信濃町で靈氣専門の療法所を開きました。8つの治療台と16人の靈氣療法家により、1人の患者を2人で施術する方式でした。臨床体験を活かす為に「林靈氣研究会」を作り、臼井靈氣療法をベースに独自の理論と技法を加えた「林靈氣療法」を確立していきました。

林靈氣研究会は、跡を継ぐ人がいなくて消滅しましたが、林靈氣療法をもとに作られた「直傳靈氣」が、現在は広まっています。

ハワヨ・タカタ林靈氣療法の施術を受けた人の中に、ハワイ生まれの日系2世、ハワヨ・タカタ(高田はわよ)先生がいます。

ハワヨ・タカタ先生は1935年(昭和10年)に難病で、このままでは余命幾ばくもないと診断され、手術を受けることになりました。

しかし「手術以外に何か方法がある」という直感を受けたハワヨ・タカタ先生は、その方法を探っているうちに、林忠次郎先生の治療所を紹介されました。そして林靈氣療法を受けた結果、健康を取り戻していきました。

レイキの効果に感激したハワヨ・タカタ先生は、林忠次郎先生に弟子入りし、そこで約1年間働いた後、ハワイに戻って、レイキ療法所を開きました。そこでは施術に専念していましたが、1977年(昭和52年)頃からレイキ伝授を行い、22人のレイキティーチャーを育成し、1980年(昭和55年)80歳で亡くなられました。

その翌年、ハワヨ・タカタ先生の孫娘であるフィリス・フルモト先生がレイキ・アライアンスを設立し、ハワヨ・タカタ先生の後継者として役割を引き継ぎ、多くのレイキティーチャーたちが、これに参加しました。

しかしレイキについて別の考えを持っていた文化人類学者のバーバラ・レイ先生は、1982年(昭和57年)にアメリカン・インターナショナル・レイキアソシェイション(現在はラディアンス・テクニークと改称)を設立し、ハワヨ・タカタ先生から伝授されたレイキは、2つの大きな流れに分かれて、欧米諸国に広まりました。

現在、アメリカの病院内では、レイキ療法が認可されている州があります。看護士学校では、レイキのワークショップを受けると、単位が貰える州もあります。イギリスやカナダでは、レイキヒーリングに保険が適用され、先進国においてレイキは、代替療法としてもポピュラーな存在となっていきました。

日本においては、戦後からレイキは忘れ去られたような状態にありましたが、1980年代後半、ニューエイジブームに乗って、海外から逆輸入の形で普及しています。

1987年(昭和62年)11月、バーバラ・レイ先生の著書『レイキ療法~宇宙エネルギーの活用』が日本で出版されました。そして、この本の翻訳を担当したニューヨーク在住の三井三重子先生が、日本でレイキセミナーを開催しました。

しかし三井三重子先生は、セカンド・ディグリーまでしか日本では指導しませんでしたので、レイキヒーリングを施術できる人はいても、レイキを教えられるレイキティーチャーは、日本にはほとんどいないという状態でした。

その後、1993年(平成5年)に、フランク・ペッター先生が札幌へ移住し、レイキティーチャーを養成するセミナーを開催しました。それから日本国内でも、レイキティーチャーの数が増えていきました。

このように逆輸入の形で海外から伝わってきたレイキを「西洋レイキ・西洋式レイキ」、海外に伝わらなかったレイキを「伝統レイキ・伝統式レイキ・日本レイキ」と呼んで区別する風潮が日本にはあります。

しかし、臼井先生をレイキの創始者とし、おおむね共通のシンボルとマントラを使用するレイキは、一般に「臼井レイキ・臼井式レイキ」とも呼ばれています。

時代の流れと共に、レイキも多様化しています。レイキ以外の別の手法と融合させたレイキ、オリジナルで作ったシンボルやマントラを使用するレイキなども生まれていて、これらは「発展レイキ・発展系レイキ」と呼ばれています。

 レイキの歴史における年表は文献などで残されているものが少ないため、伝承のうちに誤って伝えられたり、記憶違いがあったりなどで矛盾が生じ、正確に判明していないものもあります。ここでは通説として伝えられているものを記述しています。

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