病気からのプレゼント

今年もそろそろ終わりが近づいてきました。私にとって今年、一番の大きな出来事は、母が癌になったことです。

母ははじめ「風邪をひいて喉が痛い」と言ってました。そのうち「声が出ない」と言い出し、長引いているので、いくらなんでもこれは風邪じゃないだろう?と、病院で検査してもらうことになりました。

そうしたら母から「レイキで癌、治せる?」というメールがきました。

「ヒーリングで、治せるとも治せないとも言えないよ」なんて言ってるうちに、あれよあれよと母の腫瘍は大きくなってきて「早く取らないと危ない」とお医者さんに言われ、入院して手術しました。

こうして文章に書くとほんの数行の出来事ですが、その時は私達家族の心がとても揺れ動き大変でした。

まさか母が癌になるなんて・・・。

「癌?ガーン!」本当に、こんな感じでした。

母にとっても相当なショックだったでしょう。入院する前に、母から遺書めいた手紙が送られてきました。

私と母は、離れて暮らしています。子供である私や弟たちは、それぞれ独立していて普段は連絡も取り合いません。家族に会うのは1年に一度あれば多い方です。ようはお互いに、ウマが合わないんでしょうね(笑)

それにしても、今まで病気したこともない母が癌になるなんて。不摂生もしないだろうし、信じられない気持ちで一杯でしたが、こんな風に突然、病気は訪れるものなんでしょうか。

母からの遺書めいた手紙を受け取って、私は、ある程度の覚悟をしました。だけど「必ず治る」と信じて、母にレイキの遠隔ヒーリングを続けました。まずは私が信じなきゃ、「もう死ぬんだ」と思ってる母は、治ることを信じてくれないでしょう。病は気から、と言いますもんね。

そのうち看病疲れと心労で、父が風邪でダウンしました。私も病院への往復が続いて、かなり参ってたのですが「私がしっかりと母を支えていなくては」と思い、参ってる姿を両親には見せないように、無理してました。

この時は多くの方に励ましのお言葉や、癌治療に関する情報を頂きました。母にヒーリングして下さる方もいらして、助かりました。私と母を支えて下さり、本当に、ありがとうございました。

「手術の前と後は立ち会って欲しい」と母からメールがきて、当日は朝早く病院に行って手術室まで見送り、その後、会社に仕事をしに行って、夕方に病院に戻りました。

私と父と母の妹の3人で、手術が終わるのを待ちました。だた待っていることしか出来ないのは辛いものですが、私達に出来るのは、母の側にいて手術が成功するのを祈るだけ。嫌なイメージが浮かんできては、それを打ち消し、また嫌なイメージが浮かんできては、それを打ち消しを繰り返してました。

予定より少し長引いて手術が終わり、お医者さんから「手術は成功した」と聞きました。これを聞いた途端、安心して私は、ヘナヘナと力が抜けました。「良かった・・・良かった・・・」この言葉しか出てきません。

それから集中治療室にいる母に会いました。「麻酔が効いてるから、手術の後は翌朝まで目覚めない」と母が言っていたのですが、母の目は開いていました。目にはうっすらと涙が見えます。

「よく頑張ったな」父が声をかけました。麻酔で体が動かないのか?それとも泣いているのが恥ずかしいのか?母は横を向いて、私達と目を合わせようとしません。

「手を握られたら、どうですか?」お医者さんが言いました。父は照れているのか「いいよぉ」と断りました。が、この時、布団の下で、何かがモゾモゾ動いているのに気が付きました。母が手を動かしている!

「手を動かしてるよ!握って欲しいんだよ!」と父に言いましたが、まだ照れてモジモジしてるので、私が先に握りました。

母に触れるのは、何年ぶりでしょうか・・・。私は15歳の時に家を出て1人暮らしを始めたので、きっと、それ以来でしょう。小さい手で驚きました。

手を握っていたのは、ほんの何秒かですが、その短い時間に私の中の何かが、封印していたもの、抑え込んでたものが、ドバーっと出てきました。インナーチャイルドなのかなぁ?もっと甘えたかった!子供でいたかった!みたいな気持ちが吹き出て、同時に癒されていきました。

ほんの何秒かで、私の中で、ものすごいことが起こりました。触れ合うって、とてもスゴイことなんだと思いました。

それをきっかけに、私の中のわだかまりが解けたのか、数日後に意を決して母に直接手を当てヒーリングしました。遠隔では何度もヒーリングしていたけれど、母に直接手を当てて行うのは初めてです。

これは、ものすごくやりたいことでもあり、でも、ものすごく抵抗あることでもあったんです。私は家族にレイキを説明していないし、レイキを理解してくれるとも思えないし、それより何より、母に触れるのが恥ずかしい。母に何か、してあげるのも恥ずかしい。

何でか分からないけれど、娘として母を思いやる気持ちみたいなのを、母にバレるのが嫌なんですよね。素直な気持ちを口に出して言うことは、まだ抵抗あって出来ないけれど、でも実際にヒーリングすることで表現はできました。

それからはお見舞いに行く度、母が「肩が痛い」「腕がダルイ」など言いながら、そこを指差し私を見つめます。これは私に「ここに手を当ててヒーリングしてくれ」という合図です。絶対に「レイキして」とか「ヒーリングして」とは、言わないんですよね。こういうところは、私とそっくりです(笑)

でも少しだけ、お互い素直に気持ちを表現できるようになって、親子の溝が少し埋まり、これは病気が与えてくれた大きなプレゼントかな?と思います。

手術から一ヵ月が過ぎた頃、母の退院が決まりました。それを聞いて、私は張りつめてた気持ちが緩んだのか、今度は自分が風邪ひいてダウンしました。

なので、お見舞いに行けないでいるうちに、母は退院したようです。

それから一度も会ってないし、連絡も取り合っていません。まぁ、こういう家族なのでしょうね(笑)便りが無いのは元気な証拠と言いますので、きっと母の状態は落ち着いているのでしょう。

ちなみに父は毎日、母のお見舞いに通ったそうです。仕事をしながら、家事をして、母の洗濯物や買い物もして、母を励まし続けて、とても大変だったと思います。

父がこんなに母を愛しているとは、私は知りませんでした。母にとっては、これが最も大きなプレゼントだったかもしれませんね。

2005/12/28